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例会報告

2026.05.15

例会報告

サントリー山~天王山

開催回

第2132回

日程

令和8年2月15日  (日)  曇り

参加者

CL永野 (23名)

活動内容

コースタイム

JR 山崎駅9:25~椎尾神社9:48~サントリー山11:00~天王山11:34~

大山崎瓦窯跡公園昼食(12:23~13:15)~天王山夢ほたる公園山崎合戦場

跡13:45~阪急西山天王山駅14:00

 

天王山270m は、淀川を挟んで男山と対峙する京都府乙訓郡大山崎町に聳える山で、低山ながら摂津国と山城国を分ける位置に有り、古来より交通軍事の上から重要視されてきた。現在西側の山腹には、十方山から天王山トンネルにかけ京都府と大阪府の府境が引かれている。天王山の山名については、古くは山崎山と呼ばれていたが、中腹に牛頭天王を祀る山崎天王社(酒解神社)が鎮座されたことに由来する。天下分け目の山崎合戦の舞台としても有名で、明智光秀が1582年6月2日に京都の本能寺で織田信長を討った後、中国地方の備中高松城攻めから急遽引き返した羽柴秀吉と交戦する。この合戦に勝利した羽柴秀吉が天下統一に大きく前進したことから天王山は、ここ一番の勝負の代名詞として使われることになる。サントリー山295m は、YAMAP の地図には載っていますが、昭文社の山と高原地図には、記載されていません。しかしサントリーの天王山山麓に佇む日本最古のモルトウイスキー蒸溜所より椎尾神社を経て登るコースは、静かな山歩きが楽しめ山道は明瞭です。サントリー山から天王山への縦走をし、今年のNHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」で脚光を浴びる天王山山麓一帯や旧跡を散策する。

JR 山崎駅より、R67西国街道を西に向かいJR の踏切を渡ってサントリー山崎蒸溜所に向かう。蒸溜所構内右手の西観音寺閻魔堂跡の説明板を見て、舗装路を緩やかに登って椎尾神社で休憩。神社の左側を流れる閻魔堂が由来の閻魔川に沿った山道で溪谷を流れる、せせらぎの音を訊きながら遡って行く。サントリーウイスキー「山崎」の製造は、天王山の地下深くで育まれた地下水を汲み上げ使用している。谷間を通る名神高速道路のトンネルの屋根を見下ろしながら登って行き、標識C-1は、溪谷に架かる橋を渡り直ぐの分岐で左の山道を取る。コースは、渓流に架けられた橋で、右岸と左岸を何度も繰り返しながら登って行く。標識C-2は、通過し左側に続く蕾の膨らんだミツマタの群生地は、3月中旬になると甘い香りの黄色いポンポンの様な花が楽しめる。少し先のC-3は左を取る。標識C-4の分岐のベンチで休憩し、右側の緩やかな登りで標識C-5の広場に着く。右側の広い山道を取れば、ミツマタ街道より山崎合戦で秀吉の本陣が置かれた宝積寺方面に行くことが出来る。直進し狭い山道を登り、山名板が架かりベンチがあるサントリー山山頂広場に登り着き休憩。

下山は、北へ直進すれば小倉神社分岐に至るが、右を取り東へ下って行き天王山を目指す。雨乞いの場として使われた相撲の土俵より小さめの龍神池を見て、嵐山の竹林の小径を彷彿させる京都特有の自然林と竹林が混在する山道を進み広場に出る。お地蔵さんの左山道を登り、かって山崎城天守閣が建っていた天王山山頂に着き石垣等を見て休憩。下山は、右側の山道を下り、酒解神社よりミツマタ街道入口・十七烈士の墓を経て、旗立松展望台に向かう。1582年6月13日の山崎合戦(天王山の戦い)では、士気を高める為天王山中腹にある松の木に軍旗の千成瓢箪の旗が掲げられたと伝わる旗立松展望台より「この地を制するものが戦を制す」と言われた戦略上きわめて重要な京都と大阪を結ぶ山崎の地を眼下に山崎合戦に思いを馳せる。合戦においては、黒田官兵衛の「中国大返し」の進言や「孫子の兵法」に基づいた戦術により秀吉軍を大勝に導く。

平安京の瓦を焼いていた大山崎瓦窯跡公園で、眼下に阪急・JR ・新幹線が次々と行き交う風景を見、遠望すれば、三川合流域の背割堤の先に男山が聳える。眺望抜群の公園で昼食休憩。西国街道を歩き合戦の時、羽柴秀吉軍の先鋒(一番隊)として、高山右近と中川清秀が明智光秀軍と激戦を繰り広げた東の黒門跡で休憩。主戦場になった夢ほたる公園には、山崎合戦古戦場の標柱が立つ。合戦では、小泉川(旧円明寺川)を挟んで秀吉軍と光秀軍が対峙し激突した。小泉川に沿って、京都縦貫自動車道の下を歩き、西国街道と丹波街道が交わる調子八角で解散し、地下水100%の天然水が飲める水飲み場「馬の池の水」で珈琲用の水を汲み阪急西山天王山駅へ。

永野 記

 

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